☆the point of view , Kobori
「お前は目立つ」とずっと言われてきた。
親族の近い歳連中と並ぶと常に視覚的に一番目立つ。
保育園から中学校までも並ぶと一番後ろが定位置。
高校に上がったら俺よりも少し高い存在はいたが、それでもやはり「目立つ」。
人ごみ似るとすぐわかる。
頭が一つ、下手すると約二つ場合もある。
入学当初俺の背の高さを見て、初めて会う人々から「ビルみたいだ」と揶揄されたりもした。
(何て何考えてるんだが…)
身長の事は別に気にしていない。
ずっと「お前は良い目印だ」と言われ続け、親からも「迷子になってもすぐ分かるからうれしい」何てよくよく考えたら傷つくだろ?と思うようなこともさらり言われていたから問題ない。
高い事で困る事は、天井が低く感じたり、平均身長からドアなどの高さは決められているのだろうから、俺が気を付ければいい。
(俺はイレギュラー、って事だな)
三年もすれば俺の存在は「普通」になった。
入ってくる新入生は最初は驚くがあっという間に慣れて、六月になればもう当たり前になる。
一年のころから二センチ伸びたと言ってもそうそう伝わる訳がない、微々たるものだ。
目の前の景色が、少し派手になった。
音も含めての話だ。
今年に入ってからの「今までなかった光景」が俺の眼前で展開されている。
(よくもまぁ、毎日飽きないな)
深い意味はなく、本当にそう思うのだ。
とあるちょっとした「有名人」が今年入学してきた。
俺の親族でさも知っていて、「サインをもらってきて」とねだられた。
有名人と一緒の学校とか羨ましい、と理解できない言葉を言われたがほぼ毎日夕方には顔を合わせているから慣れてしまった。
腕時計を見ると、朝会開始の予鈴まで五分だ、これマズイ。
朝練のない日は少しだけ感覚が鈍る。
急がないといけない。
俺は歩く速度を上げ歩幅を広げ、教室へ向かう。
(まったく、遅刻するぞ)
心の中で注意して、俺は彼の横をすり抜けた。
微かに周囲とは違う空気を感じる。
透明なのにキラキラと光り輝く様な印象に一寸だけ悔しさを感じる。
今日は一年の練習を少しきつめにしようか、何て意地悪な事も考えてしまう。
金色の髪の、俺よりほんの少し背の低い生意気な後輩は先輩の俺に気が付くことなく、周囲に群がる女生徒達に愛想を振りまき続けていた。
☆the point of view , Nakamura & Hayakawa
三限目迄のちょっとした時間。
俺は次の授業の為に廊下を歩いていた。
「ん?」
前方からやらたと騒がしい声が聞こえた。
この声と言葉遣いには聞き覚えがある。
声は確実に俺の方へ近づいて行く。
姿を確認すると、長身の男子生徒が隣を並走する男子生徒とワーワー言い合いしながら俺の横を通り過ぎて行く。
全く俺に気付かずに、だ。
瞬間的に、空気の線が見えた。
同時にその場に何かを残して行く、風を切って走るを体現していた…変人の称号を与えたい男。
後ろ姿を見送りながら、俺は溜息をつく。
「別に、気にしてねぇけど」
体育会系は「挨拶」ってやつを大事にする、後は上下関係。
女ばっかりいる、なんだっけ…あの役者を育てる学校。
あそこは角を直角に曲がるだとか先輩とすれ違う時は挨拶が当たり前とか、だっけか?
そんな事をするのが日常だと言うのに、先ほどほぼ全力疾走で「走ってはいけない廊下」を段ボールを抱えながら走って行くあいつは、何と言うか…後で〆る、こんな感じか。
(それにしても…)
あいつ同性とも仲良くやってるのか、何て事を思ってしまった。
部活中もだが、あいつの周りは女ばっかりと言う印象が多い。
そりゃ部自体は男所帯だから「女に囲まれる事」はないんだが。
同じ一年と話すようになったのは、入部して直ぐに合った練習試合の後。
二年や三年と言った上級生に話しかける、言う事を文句を言いながらも聞くようになったのもその練習試合の後。
部活に休まず出るようになったのも…。
「全部、そうか」
「何がそうか、だ?」
ポツリ呟いた俺の独り言に「声がでかい」だけが取り柄のアイツが質問を乗せてきた。
「うわっ、んだよ!早川っ、吃驚させんな」
「いでっ。わ、わ(り)ぃ。だって何度呼んでも返事しなかったか(ら)」
早川の顎が俺の肩に乗せられしかもその声が耳元でガンガン響いたため驚き、反射的に持っていた教科書でその額を叩いていた。
手で少し赤くはれた場所を触りながら早川は俺に謝罪し、声を掛けた理由を口にした。
「…だから、んだよ」
俺はどうやら一年のあいつの後ろ姿を見た時、足を止めていたようだ。
早川に声を掛けられ風景が動いていない事を知った。
「もうすぐ授業だぞ?大丈夫か?」
「…そう、だな」
時間的にまずい。
俺達は歩みを進める。
次の授業は二クラス合同の授業だ。
クラスの違う俺達が同じ方向へ向かっているのは当然。
「そう言えば、すっげー勢いで走っていったな!あ(れ)もト(レ)ーニングの一つか?」
「…誰がだよ」
何となく答えが分かっていたが、質問した。
「あいつだよあいつ!」
「あいつじゃ分からん」
「えー!お前、先輩なのに冷たいな。未だ一年の名前覚えてないのか?」
俺が何故「分からん」と答えたかも考えず、言葉だけを受け取って小馬鹿にしたような口調で咎める早川に苛立ちを覚え、再び教科書で額を叩いた。
先程よりも力を込めて。
「いだい。…何すんだよ!」
「お前がアホだからだ」
「馬鹿って言う方が馬鹿だって教わ(ら)なかったのか、中む(ら)!」
「俺は、アホって言ったんだよ。馬鹿なんてお前が自分で言っただけだろ、だからお前が馬鹿だ」
「えー!ひでぇぞ!!」
その早川の声を打ち消すように、俺達の耳に三時限目開始のチャイムが聞こえた。
俺達は顔を見合ってから、全速力で教室に向かう。
(何なんだよ、今日はっ!)
普段はこんな事ない。
何時もと同じ時間に出たし。
早川と廊下でばったり会うと「次の授業は一緒に座(ろ)う!」とかお前は女子かっ、と突っ込みたくなるような言葉を言われるので、捕まらないように向かっていたと言うのに。
教師が何時もより三十秒遅く到着している事を願いながら俺達は走った。
あいつが走っただろう廊下の一部には、あいつのまき散らした香りとその存在感があって。
去年とは違う梅雨入りした六月の空気が俺の肌に触れ、そして肺に流れ込んできていた。
☆the point of view , Moriyama
廊下を歩きながら俺は一つ伸びをする、同時に口からあくびが漏れた。
授業が、つまらん。
早く放課後にならないだろうか。
(思い切り、バスケしてぇなぁ)
学生の本分はウンタラカンタラ…学校も家も一寸煩い。
将来の事?考えてるっての、いい加減子供扱いも大概にしろっての。
大学進学か、就職か。
個人的にはまだ働きたくない。
もう少しバスケと向き合いしたし、正直未だ将来にやりたい事とか見つかってねぇし。
ここは無難に大学進学だよな、と思いながら一週間後に迫った進路希望の用紙の空欄に思いを馳せる。
(バスケの事なら山ほど書けるんだけどなぁ)
それ以外の事は今はちょっと無理だ。
もう予選は始まってる。
(今年の夏こそ、最後の夏こそっ)
何時の間にか俺はぐっと握り拳を作っていた。
「はぁ…何やってんだ俺」
平日の真昼間から、熱くなってどうする。
今このべたべたした空気が今ので余計に重苦しく感じるわ!
先程握っていた拳とは逆の手には本日の昼食。
昼休み開始を告げるチャイム。
まだ続いた授業、完全に出遅れた状態だったのに、購買部には何時もはなくなってる焼きそばパンとカツサンドがあった。
超ラッキーな日だと思った。
(今日は何事もスムーズにいきそうな気が…ん?)
心が浮き立って足取りも軽く歩いていると、遠くに見た事のある金色が見えた。
長身…なのは俺や俺達の中だったら当たり前だが、周囲に平均があると分かりやすい。
(纏ってるオーラも違う、てか?芸能人様は)
空から光が注いでいるのに、スポットライトはあいつに当たっているだけの様に見える光景がほんの少し悔しかった。
「あれ?」
俺は違和感を覚える。
何時もとは違う光景のような気がする。
理由は分からない、でも何だか「違う」のだ。
視界に映る光り照らされる金色を目で追いながら、俺は何時の間にか廊下で買ってきた昼食を口にしていた。
(そういや…あいつ何か、変わったな)
先週のトーナメントの時もそうだったが、上手く言えないけど、違った。
(まぁ、その前からか)
街で走るあいつを見かけた。
一瞬違う違うやつかと思った。
(我が目を疑ったしな、あん時は)
あの何時もヘラヘラチャラチャラしているような奴があんな真面目な顔して走ってる。
隣には小堀何て言うパッと見たら分かるだろう巨大な奴がいたのに。
(しかも俺ら先輩、先輩だよ、たく…)
苦笑してはたと気が付く。
あいつの周りには、今人はいない。
独りで木陰に入って本を読み、そしてイヤホンをしている。
(そうか)
何時も誰かに囲まれて、構って貰っているのにたった独りで何かに没頭している。
そんな姿を学校内で見るのが「初めて」なのだ。
街で見た独りで走り俺達の横を通り過ぎた時の横顔に似ているのだと、思った。
これか違和感は…と気が付く。
時間が遅れたら手に入らないパンたちはもう俺の腹の中にある。
そして今までと違う光景は、ゆっくりと胸の奥に落ちていった。
☆the point of view , Kasamatsu
部室を出て教室での忘れ物に気が付き、俺は校門前で森山達と別れた。
「待っていようか?笠松」
「いや、いい。明日の朝練何時もより十五分早く始まるからな、早めに帰れよ」
「最近不審者が出てるらしいぞ、笠松」
「大丈夫。襲ってきたらお前だと思うから」
「酷いぞ~!横暴だな、主将様は~!」
「まぁまぁ森山。笠松…こう言う時は面白い事言わなくていいから」
余計に俺達ここで待つぞ、と小堀が笑う。
こんな感じの、何時もと変わらない「じゃれあい」のような会話をしてから、あいつらを見送る。
教室で忘れ物を無事確保し、俺は校舎を出る。
明日は雨だとか言っていたな…と思い出す。
今日は晴れていたのに、夜空は黒色に白く薄いベールが途切れ途切れ見える。
空を見上げていると、ふと頭をよぎったものがあった。
風に流れてチラチラと俺を照らす光に似た存在。
足は自然とバスケ部専用の体育へと向かう。
(多分、いやきっと)
消えている筈の体育館からは光が漏れていた。
想像通りだった。
少し前に一年から報告を受けていた。
体育館を片付け帰ろうとしたら、体育館の方からボールの音を聞いた…と
その時は「誰が体育館に残っているか」分からなかった。
一週間前、疲労回復の為に通常よりも部活が早めに終わった時だった。
報告の事が気になり、帰り際体育館を覗いてみた。
すると、そこにはあの黄瀬がいた。
部活で行っている基礎。
今日部活でやったフォーメーション。
それらをたった独りで、黙々と復習している黄瀬の姿があった。
確認しながら、丁寧に仕上げていく。
その作業の中にちらりとどこかで見た事がある動きがあった。
(…あれは…)
小堀だ。
相手のプレイスタイルを模倣するのが得意な黄瀬。
だが、俺達の前では絶対に俺達の模倣は見せていない。
それは同じバスケ部員の俺達に対する心遣いか何かなのだろうか。
「…何か、ちょっと違う」
広く天井の高い体育館で、黄瀬の甘い声が響いた。
そんなに大きな声を出していない筈なのに、なぜか俺の耳に届いた。
突然の出来事に驚きを感じてしまう。
これだけで黄瀬の独り言は終わる訳ではなかった。
「もうちょっと癖が分かった方が予測とか楽…かも」
もう一度とボールを手に取り、黄瀬は小堀が今日の締めのミニゲームで見せていた動きを体現していく。
思えばあいつは「キセキ」何て呼ばれた連中の中でプレイしていたんだ。
俺達に関して言えば、普通に毛が生えたようなもんか…と思う。
自分達を卑下している訳ではなく、単純にそう思っている。
あいつらの試合を見た事も勿論あるし、何より今その一欠けらであり黄瀬が俺達の目の前でプレイするのだ。
四月の練習試合で幻のシックスマンとか言われた奴ともやりあったしな。
確かに次元が違うと言えば、悔しいが違う。
言われなくとも、感じたくなくともその差ははっきりしている。
その日の黄瀬はレギュラー且つ対戦チームにいた小堀と早川の動きをほぼ完ぺきに模倣していた。
俺は帰り道、黄瀬の行動について考えていた。
黄瀬はあの時確かに「予測」と言っていた。
動きを模倣する事で、試合の際にチームメイトがどんな動きをするかをシミュレーションしていたのかもしれない、頭の中で。
(随分四月のあの日から変わったな)
あの時が嘘のようにも感じてしまう。
黄瀬の考えが何となく見えた俺はつい苦笑してしまった。
そんなに「悔しかった」のかと。
逢って二ヶ月足らずの人間達の動きを模倣し、そこから二年達の積み上げた一年を俺達三年の積み上げた二年分を全て体で理解しようとしていた。
(あいつの事を助っ人とか言った奴がいたけど。違う、あいつは…)
----海常のエースになる。
一年にその看板を背負われちまうのも何とも表現し難い気分なんだが、俺がエースになれる存在じゃねぇ事は分かってる。
適材適所。
海常の今のメンバー、補欠、そしてその席を狙う部員達。
それぞれが自分の出来る事を、その場所で精一杯行い、部を盛り立て支えている。
あいつなりに「海常」の事を考え、今自分に出来る事をやり始めた。
(いい傾向じゃねぇか)
最初の内にしっかりと伝えて良かった。
小堀からは「お前のやり方は間違えてないと思うけれど、程々にな」と苦笑いされたな。
でも見てみろ、正解じゃねぇかよ。
勿論、これで凹んだでそのレベルだとは思う。
何となくだが、あいつの眼を見た時、「噛みついてくる」と思った。
あいつの眼は「負けず嫌い」の色が色濃く見えていた。
そこをつつくのは絶対に必要だと思う。
「自分の直感は信じるもんだな」
と俺は胸にある言葉を口にした。
自分の部屋で次の日のメニューを確認しながら、黄瀬の「向かうべき道」、その方向を考えながら。
そして今俺の目の前では、黄瀬は練習をし続けている。
この前の試合で大分分かったろうに…と思うが、そう言えば練習試合の後に「黒子っちや火神っちとインターハイで逢うって約束してきたっス」と笑顔で言ってきたな。
それが今のあいつのモチベーションの一つなのだろう、と思った。
(だが、クールダウンも必要なんだよな)
優秀な選手は「その配分」も分かっている。
重要な時に自分の能力がしっかりと使えないのは、それはやはり「優秀ではない証でもある」と俺は考えていた。
あいつのやる気を削ぐ訳じゃねぇし、今日がどういう日か知っているから「テンションが上がっている」その理由も理解はしている。
でも「駄目なものは駄目」だ。
(お前は俺にとって、俺らにとっていなくなられたら困る存在なんだよ)
言葉には決してしない。
利害関係で黄瀬を求めている訳でもない。
ただ予選を通して「黄瀬と一緒にインターハイに出たい」と言う気持ちは強くなった。
だから、俺の「欲の為」に今日の所はあいつをシバく事にする。
(折角の日にわりぃな、黄瀬)
体育館のドアに近づき、その光の中のでも金色に輝く地上の星に対して俺はきつめの声を掛けた。
「おい黄瀬ぇっ!今日はしっかり休めって言われてんだろがっ!」
俺の怒鳴り声に、肩を上下させゆっくり俺の方を見る。
(…ほらな、やっぱり)
幾ら俺達とプレイする事を望んでいるとは言え、コイツの本質は変わらない。
「今日と言う日」を迎えても、まだまだ子供だ。
黄瀬がこちらに見せた表情は、子供が「悪い事をしていると言うのを自覚しながらも、自分は悪くない」と言い張る寸前のものだった。
-------
…っていう6/18文章。
ワイワイただ楽しい、なんも考えない文章って難しいなと思う今日この頃。
友人から「お前の文章は”重い”」と言われている日々。
…仕方がない、もうこんなのしか書けないよ。
これが「自分の中である種作り上げてしまった文章」だと受け止める。
「お前は目立つ」とずっと言われてきた。
親族の近い歳連中と並ぶと常に視覚的に一番目立つ。
保育園から中学校までも並ぶと一番後ろが定位置。
高校に上がったら俺よりも少し高い存在はいたが、それでもやはり「目立つ」。
人ごみ似るとすぐわかる。
頭が一つ、下手すると約二つ場合もある。
入学当初俺の背の高さを見て、初めて会う人々から「ビルみたいだ」と揶揄されたりもした。
(何て何考えてるんだが…)
身長の事は別に気にしていない。
ずっと「お前は良い目印だ」と言われ続け、親からも「迷子になってもすぐ分かるからうれしい」何てよくよく考えたら傷つくだろ?と思うようなこともさらり言われていたから問題ない。
高い事で困る事は、天井が低く感じたり、平均身長からドアなどの高さは決められているのだろうから、俺が気を付ければいい。
(俺はイレギュラー、って事だな)
三年もすれば俺の存在は「普通」になった。
入ってくる新入生は最初は驚くがあっという間に慣れて、六月になればもう当たり前になる。
一年のころから二センチ伸びたと言ってもそうそう伝わる訳がない、微々たるものだ。
目の前の景色が、少し派手になった。
音も含めての話だ。
今年に入ってからの「今までなかった光景」が俺の眼前で展開されている。
(よくもまぁ、毎日飽きないな)
深い意味はなく、本当にそう思うのだ。
とあるちょっとした「有名人」が今年入学してきた。
俺の親族でさも知っていて、「サインをもらってきて」とねだられた。
有名人と一緒の学校とか羨ましい、と理解できない言葉を言われたがほぼ毎日夕方には顔を合わせているから慣れてしまった。
腕時計を見ると、朝会開始の予鈴まで五分だ、これマズイ。
朝練のない日は少しだけ感覚が鈍る。
急がないといけない。
俺は歩く速度を上げ歩幅を広げ、教室へ向かう。
(まったく、遅刻するぞ)
心の中で注意して、俺は彼の横をすり抜けた。
微かに周囲とは違う空気を感じる。
透明なのにキラキラと光り輝く様な印象に一寸だけ悔しさを感じる。
今日は一年の練習を少しきつめにしようか、何て意地悪な事も考えてしまう。
金色の髪の、俺よりほんの少し背の低い生意気な後輩は先輩の俺に気が付くことなく、周囲に群がる女生徒達に愛想を振りまき続けていた。
☆the point of view , Nakamura & Hayakawa
三限目迄のちょっとした時間。
俺は次の授業の為に廊下を歩いていた。
「ん?」
前方からやらたと騒がしい声が聞こえた。
この声と言葉遣いには聞き覚えがある。
声は確実に俺の方へ近づいて行く。
姿を確認すると、長身の男子生徒が隣を並走する男子生徒とワーワー言い合いしながら俺の横を通り過ぎて行く。
全く俺に気付かずに、だ。
瞬間的に、空気の線が見えた。
同時にその場に何かを残して行く、風を切って走るを体現していた…変人の称号を与えたい男。
後ろ姿を見送りながら、俺は溜息をつく。
「別に、気にしてねぇけど」
体育会系は「挨拶」ってやつを大事にする、後は上下関係。
女ばっかりいる、なんだっけ…あの役者を育てる学校。
あそこは角を直角に曲がるだとか先輩とすれ違う時は挨拶が当たり前とか、だっけか?
そんな事をするのが日常だと言うのに、先ほどほぼ全力疾走で「走ってはいけない廊下」を段ボールを抱えながら走って行くあいつは、何と言うか…後で〆る、こんな感じか。
(それにしても…)
あいつ同性とも仲良くやってるのか、何て事を思ってしまった。
部活中もだが、あいつの周りは女ばっかりと言う印象が多い。
そりゃ部自体は男所帯だから「女に囲まれる事」はないんだが。
同じ一年と話すようになったのは、入部して直ぐに合った練習試合の後。
二年や三年と言った上級生に話しかける、言う事を文句を言いながらも聞くようになったのもその練習試合の後。
部活に休まず出るようになったのも…。
「全部、そうか」
「何がそうか、だ?」
ポツリ呟いた俺の独り言に「声がでかい」だけが取り柄のアイツが質問を乗せてきた。
「うわっ、んだよ!早川っ、吃驚させんな」
「いでっ。わ、わ(り)ぃ。だって何度呼んでも返事しなかったか(ら)」
早川の顎が俺の肩に乗せられしかもその声が耳元でガンガン響いたため驚き、反射的に持っていた教科書でその額を叩いていた。
手で少し赤くはれた場所を触りながら早川は俺に謝罪し、声を掛けた理由を口にした。
「…だから、んだよ」
俺はどうやら一年のあいつの後ろ姿を見た時、足を止めていたようだ。
早川に声を掛けられ風景が動いていない事を知った。
「もうすぐ授業だぞ?大丈夫か?」
「…そう、だな」
時間的にまずい。
俺達は歩みを進める。
次の授業は二クラス合同の授業だ。
クラスの違う俺達が同じ方向へ向かっているのは当然。
「そう言えば、すっげー勢いで走っていったな!あ(れ)もト(レ)ーニングの一つか?」
「…誰がだよ」
何となく答えが分かっていたが、質問した。
「あいつだよあいつ!」
「あいつじゃ分からん」
「えー!お前、先輩なのに冷たいな。未だ一年の名前覚えてないのか?」
俺が何故「分からん」と答えたかも考えず、言葉だけを受け取って小馬鹿にしたような口調で咎める早川に苛立ちを覚え、再び教科書で額を叩いた。
先程よりも力を込めて。
「いだい。…何すんだよ!」
「お前がアホだからだ」
「馬鹿って言う方が馬鹿だって教わ(ら)なかったのか、中む(ら)!」
「俺は、アホって言ったんだよ。馬鹿なんてお前が自分で言っただけだろ、だからお前が馬鹿だ」
「えー!ひでぇぞ!!」
その早川の声を打ち消すように、俺達の耳に三時限目開始のチャイムが聞こえた。
俺達は顔を見合ってから、全速力で教室に向かう。
(何なんだよ、今日はっ!)
普段はこんな事ない。
何時もと同じ時間に出たし。
早川と廊下でばったり会うと「次の授業は一緒に座(ろ)う!」とかお前は女子かっ、と突っ込みたくなるような言葉を言われるので、捕まらないように向かっていたと言うのに。
教師が何時もより三十秒遅く到着している事を願いながら俺達は走った。
あいつが走っただろう廊下の一部には、あいつのまき散らした香りとその存在感があって。
去年とは違う梅雨入りした六月の空気が俺の肌に触れ、そして肺に流れ込んできていた。
☆the point of view , Moriyama
廊下を歩きながら俺は一つ伸びをする、同時に口からあくびが漏れた。
授業が、つまらん。
早く放課後にならないだろうか。
(思い切り、バスケしてぇなぁ)
学生の本分はウンタラカンタラ…学校も家も一寸煩い。
将来の事?考えてるっての、いい加減子供扱いも大概にしろっての。
大学進学か、就職か。
個人的にはまだ働きたくない。
もう少しバスケと向き合いしたし、正直未だ将来にやりたい事とか見つかってねぇし。
ここは無難に大学進学だよな、と思いながら一週間後に迫った進路希望の用紙の空欄に思いを馳せる。
(バスケの事なら山ほど書けるんだけどなぁ)
それ以外の事は今はちょっと無理だ。
もう予選は始まってる。
(今年の夏こそ、最後の夏こそっ)
何時の間にか俺はぐっと握り拳を作っていた。
「はぁ…何やってんだ俺」
平日の真昼間から、熱くなってどうする。
今このべたべたした空気が今ので余計に重苦しく感じるわ!
先程握っていた拳とは逆の手には本日の昼食。
昼休み開始を告げるチャイム。
まだ続いた授業、完全に出遅れた状態だったのに、購買部には何時もはなくなってる焼きそばパンとカツサンドがあった。
超ラッキーな日だと思った。
(今日は何事もスムーズにいきそうな気が…ん?)
心が浮き立って足取りも軽く歩いていると、遠くに見た事のある金色が見えた。
長身…なのは俺や俺達の中だったら当たり前だが、周囲に平均があると分かりやすい。
(纏ってるオーラも違う、てか?芸能人様は)
空から光が注いでいるのに、スポットライトはあいつに当たっているだけの様に見える光景がほんの少し悔しかった。
「あれ?」
俺は違和感を覚える。
何時もとは違う光景のような気がする。
理由は分からない、でも何だか「違う」のだ。
視界に映る光り照らされる金色を目で追いながら、俺は何時の間にか廊下で買ってきた昼食を口にしていた。
(そういや…あいつ何か、変わったな)
先週のトーナメントの時もそうだったが、上手く言えないけど、違った。
(まぁ、その前からか)
街で走るあいつを見かけた。
一瞬違う違うやつかと思った。
(我が目を疑ったしな、あん時は)
あの何時もヘラヘラチャラチャラしているような奴があんな真面目な顔して走ってる。
隣には小堀何て言うパッと見たら分かるだろう巨大な奴がいたのに。
(しかも俺ら先輩、先輩だよ、たく…)
苦笑してはたと気が付く。
あいつの周りには、今人はいない。
独りで木陰に入って本を読み、そしてイヤホンをしている。
(そうか)
何時も誰かに囲まれて、構って貰っているのにたった独りで何かに没頭している。
そんな姿を学校内で見るのが「初めて」なのだ。
街で見た独りで走り俺達の横を通り過ぎた時の横顔に似ているのだと、思った。
これか違和感は…と気が付く。
時間が遅れたら手に入らないパンたちはもう俺の腹の中にある。
そして今までと違う光景は、ゆっくりと胸の奥に落ちていった。
☆the point of view , Kasamatsu
部室を出て教室での忘れ物に気が付き、俺は校門前で森山達と別れた。
「待っていようか?笠松」
「いや、いい。明日の朝練何時もより十五分早く始まるからな、早めに帰れよ」
「最近不審者が出てるらしいぞ、笠松」
「大丈夫。襲ってきたらお前だと思うから」
「酷いぞ~!横暴だな、主将様は~!」
「まぁまぁ森山。笠松…こう言う時は面白い事言わなくていいから」
余計に俺達ここで待つぞ、と小堀が笑う。
こんな感じの、何時もと変わらない「じゃれあい」のような会話をしてから、あいつらを見送る。
教室で忘れ物を無事確保し、俺は校舎を出る。
明日は雨だとか言っていたな…と思い出す。
今日は晴れていたのに、夜空は黒色に白く薄いベールが途切れ途切れ見える。
空を見上げていると、ふと頭をよぎったものがあった。
風に流れてチラチラと俺を照らす光に似た存在。
足は自然とバスケ部専用の体育へと向かう。
(多分、いやきっと)
消えている筈の体育館からは光が漏れていた。
想像通りだった。
少し前に一年から報告を受けていた。
体育館を片付け帰ろうとしたら、体育館の方からボールの音を聞いた…と
その時は「誰が体育館に残っているか」分からなかった。
一週間前、疲労回復の為に通常よりも部活が早めに終わった時だった。
報告の事が気になり、帰り際体育館を覗いてみた。
すると、そこにはあの黄瀬がいた。
部活で行っている基礎。
今日部活でやったフォーメーション。
それらをたった独りで、黙々と復習している黄瀬の姿があった。
確認しながら、丁寧に仕上げていく。
その作業の中にちらりとどこかで見た事がある動きがあった。
(…あれは…)
小堀だ。
相手のプレイスタイルを模倣するのが得意な黄瀬。
だが、俺達の前では絶対に俺達の模倣は見せていない。
それは同じバスケ部員の俺達に対する心遣いか何かなのだろうか。
「…何か、ちょっと違う」
広く天井の高い体育館で、黄瀬の甘い声が響いた。
そんなに大きな声を出していない筈なのに、なぜか俺の耳に届いた。
突然の出来事に驚きを感じてしまう。
これだけで黄瀬の独り言は終わる訳ではなかった。
「もうちょっと癖が分かった方が予測とか楽…かも」
もう一度とボールを手に取り、黄瀬は小堀が今日の締めのミニゲームで見せていた動きを体現していく。
思えばあいつは「キセキ」何て呼ばれた連中の中でプレイしていたんだ。
俺達に関して言えば、普通に毛が生えたようなもんか…と思う。
自分達を卑下している訳ではなく、単純にそう思っている。
あいつらの試合を見た事も勿論あるし、何より今その一欠けらであり黄瀬が俺達の目の前でプレイするのだ。
四月の練習試合で幻のシックスマンとか言われた奴ともやりあったしな。
確かに次元が違うと言えば、悔しいが違う。
言われなくとも、感じたくなくともその差ははっきりしている。
その日の黄瀬はレギュラー且つ対戦チームにいた小堀と早川の動きをほぼ完ぺきに模倣していた。
俺は帰り道、黄瀬の行動について考えていた。
黄瀬はあの時確かに「予測」と言っていた。
動きを模倣する事で、試合の際にチームメイトがどんな動きをするかをシミュレーションしていたのかもしれない、頭の中で。
(随分四月のあの日から変わったな)
あの時が嘘のようにも感じてしまう。
黄瀬の考えが何となく見えた俺はつい苦笑してしまった。
そんなに「悔しかった」のかと。
逢って二ヶ月足らずの人間達の動きを模倣し、そこから二年達の積み上げた一年を俺達三年の積み上げた二年分を全て体で理解しようとしていた。
(あいつの事を助っ人とか言った奴がいたけど。違う、あいつは…)
----海常のエースになる。
一年にその看板を背負われちまうのも何とも表現し難い気分なんだが、俺がエースになれる存在じゃねぇ事は分かってる。
適材適所。
海常の今のメンバー、補欠、そしてその席を狙う部員達。
それぞれが自分の出来る事を、その場所で精一杯行い、部を盛り立て支えている。
あいつなりに「海常」の事を考え、今自分に出来る事をやり始めた。
(いい傾向じゃねぇか)
最初の内にしっかりと伝えて良かった。
小堀からは「お前のやり方は間違えてないと思うけれど、程々にな」と苦笑いされたな。
でも見てみろ、正解じゃねぇかよ。
勿論、これで凹んだでそのレベルだとは思う。
何となくだが、あいつの眼を見た時、「噛みついてくる」と思った。
あいつの眼は「負けず嫌い」の色が色濃く見えていた。
そこをつつくのは絶対に必要だと思う。
「自分の直感は信じるもんだな」
と俺は胸にある言葉を口にした。
自分の部屋で次の日のメニューを確認しながら、黄瀬の「向かうべき道」、その方向を考えながら。
そして今俺の目の前では、黄瀬は練習をし続けている。
この前の試合で大分分かったろうに…と思うが、そう言えば練習試合の後に「黒子っちや火神っちとインターハイで逢うって約束してきたっス」と笑顔で言ってきたな。
それが今のあいつのモチベーションの一つなのだろう、と思った。
(だが、クールダウンも必要なんだよな)
優秀な選手は「その配分」も分かっている。
重要な時に自分の能力がしっかりと使えないのは、それはやはり「優秀ではない証でもある」と俺は考えていた。
あいつのやる気を削ぐ訳じゃねぇし、今日がどういう日か知っているから「テンションが上がっている」その理由も理解はしている。
でも「駄目なものは駄目」だ。
(お前は俺にとって、俺らにとっていなくなられたら困る存在なんだよ)
言葉には決してしない。
利害関係で黄瀬を求めている訳でもない。
ただ予選を通して「黄瀬と一緒にインターハイに出たい」と言う気持ちは強くなった。
だから、俺の「欲の為」に今日の所はあいつをシバく事にする。
(折角の日にわりぃな、黄瀬)
体育館のドアに近づき、その光の中のでも金色に輝く地上の星に対して俺はきつめの声を掛けた。
「おい黄瀬ぇっ!今日はしっかり休めって言われてんだろがっ!」
俺の怒鳴り声に、肩を上下させゆっくり俺の方を見る。
(…ほらな、やっぱり)
幾ら俺達とプレイする事を望んでいるとは言え、コイツの本質は変わらない。
「今日と言う日」を迎えても、まだまだ子供だ。
黄瀬がこちらに見せた表情は、子供が「悪い事をしていると言うのを自覚しながらも、自分は悪くない」と言い張る寸前のものだった。
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…っていう6/18文章。
ワイワイただ楽しい、なんも考えない文章って難しいなと思う今日この頃。
友人から「お前の文章は”重い”」と言われている日々。
…仕方がない、もうこんなのしか書けないよ。
これが「自分の中である種作り上げてしまった文章」だと受け止める。
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