※オリジナル設定が沢山入っている吸血鬼パロ(黄笠ver.)の冒頭です。※
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小さい範囲しか照らさない洋灯の下で、男が難しい顔をしながら紙と睨めっこをしている。
右手にはペン、左手には電卓。
一つ溜め息をついてから再度電卓を打ち始めた。
指で紙の上の数字を一つ一つ足して行く。

「…何度計算しても、同じか…」

男は出た結果を見て眉根に皺を寄せる。
そして又溜息。
今度は先程のよりも大きい。

「今月は随分と節約したつもりだったんだが…何とか仕事を増やすしかないか…」

どうやら生活費の計算をしていた様子である。
ブツブツと次の作戦を考えながら、来月移行の事を考えているようだ。

「節約と言ってもなぁ…」

腕を組み天井を見上げながら男は考える。
仕事が増えないかもしれない場合は、やはりどうやっても光熱費と食費を減らす事が重要になってくる。

「山菜と魚、か…嫌いじゃないが、緑ばっかりになるのはどうもな…」

女性だったらヘルシーだと喜ぶのかもしれない。
だが、男からすればもう少し油の強い動物性の…精の付くものを食べたい。

(そう言うモン喰わねぇと、逆にキツイ時もあるしな)

最近街には不況の嵐が吹いている。
街の財政もかなりひっ迫している様で、少しでも資産があるものは外へ逃げ出し始めていた。
外部ともっと関係が密になれば良いのだろうが、それが中々叶わない事情をこの街は抱えている。

この街の住人は全て、吸血行為を行う血鬼族とその一族に血を与える授血族の二つの種族で構成されていた。
彼らは自分達以外の種族とはコミュニティを構成しないし、関係も密には取らない。
この二つの種族以外との接触は禁忌。

世界中にこの街の様な血鬼族と授血族のコミュニティはあちこちに点在している。
この世界には「地図」という概念がなく何処か遠くへ旅に出る場合は「出たとこ勝負」になってしまう。
だが、全く知識がない訳ではない。
時々外部からどちらかの一族の旅人がやって来て、ここから東に何があった、ここから南に何があった…と言う話を聞いて世界を知る。
それらの知識が街の図書館に蓄えられ、街を出る者はそれを頼りに移動する。
どんなに街の経済状態が悪化しても、簡単に外部に救って貰う事が出来ないのはこんな事に理由があった。
自分達も、相手も「知らない状態」なのである。
場所も漠然としている上に赤の他人を、例え同じ種族で構成されたコミュニティであっても「助ける」と言う事は考えられる訳がなかった。


さて生活費に悩むこの男は、依頼のあった先で料理を作る料理人である。
材料・包丁以外の道具・光熱費は全て依頼者持ち。
だから実際かかるのは、自分がその場所へ移動する為の交通費と心遣いレベル。
彼はそんなに高い値段で仕事をやっていた訳ではなく、寧ろ「良心的」過ぎる値段で周囲が驚く事が多い。
それ以外にも身体を動かすのが得意なので、時々子供達に鉄製の輪の中に球を入れる、もう知っている人も少ない球技を教える事もしているが、それは本当にほぼ「無償」だ。

(料理は、別に職業にする為に覚えたんじゃねぇんだけど)

彼からすれば、今の自分が就いている職業には少し不満があった。
料理は「生きる為」に覚えた技術である。
別にその職に付きたくて手に入れた技術ではない。
今ほぼ無償で教えている事を仕事にしたい、と数年前まで本気で考えていた。
だが両親が既に他界し、未だ成人して3年しか経過していない青二才の夢を大人たちはその夢の先を信じず、又受け入れてくれなかった。
「知っている人が少ない球技」へ情熱を注ぐのはナンセンスだと笑ったのだ。

彼は今年18だ。
この街では15で成人扱いとなる。
住人の平均年齢が45前後と低い為、成人扱いの年齢が下げられた。
勿論稀に70歳近い高齢の者もいるが、本当に稀である。

成人した者は、親からの援助は基本して貰えなくなる。
病弱や身体的に無理な場合のみ公共機関・親からの手助けはあるが、「15になったら家を出て、自分一人の力で生活する事」と言うのが住人達の考えであった。
彼自身は成人前に既に「独りで生きる事」になってしまった為、その事への苦はないが「頼れる相手がいない」と言うのは生活困窮時にかなり大変な事になるのだ。
ここ2、3ヶ月で骨身に染みた。
飢え死にはしないとは思うが…別の事が気懸りだった。

(他人に迷惑をかけるのだけは避けねぇと)

ぐっと腕に力を入れ不安に思っている部分を打ち消すように頭を左右に振り、前向きに来月からの事を考える事にした。
計算も終わり、机の上を片付けていると電話が鳴った。
机に置いていた洋灯の上部にある取ってに指を掛けて、電話のある棚へ向かう。
切れる寸前に何とか出られた。

「はいカサマツです」
「おー、元気かー、カサマツー!俺と逢えなくてさびしくないかー?」
「大丈夫だ、寂しくない。それにモリヤマ、一昨日逢ったろ」

げんなりしながらカサマツは事実を告げる。
もう直ぐ夜10時になると言うのに元気すぎる声を電話口から響かせる男の名前はモリヤマ・ヨシタカ。
街の西側にある靴屋の工房で働いている、カサマツと同じ歳の男だ。

「なんだよーつめたいなー。街外れに住んでるお前にラブコールしてやってるんだろ?少し位は有りがたく思え」
「それが仕事の話か、あの球技の練習の話なら喜んで聞いてやるよ」
「たく、色気ねぇな」
「お互い様だろ」

電話が乗っている棚を指で突き、笑いながらカサマツは切り返した。
俺はそんな事ねぇ!とモリヤマは噛みつく。
その言葉は事実で、モリヤマに色気がない訳ではない。
昨年から付き合っていた女性との婚約を今春した。
今秋に結婚式を挙げる予定だと言う。

「冗談だよ、冗談。で、何だ?」
「あぁ。お前がさっき言っていた"喜んで聞く"話だよ」
「…本当か?」
「親友に嘘ついてどうする」

恩に着る、とカサマツは安堵の溜息と共に深い感謝をモリヤマに告げた。
今月何とかこれで1日1食以下、と言う事は避けられそうだ。
電話で告げられた内容を確り頭で覚えて、切ったら即覚えている内容を紙の上に書き落した。
数字、名称は絶対に忘れてはいけない、間違えてもいけない。
後、住所もだ。

カママツは急いで商売道具の確認と、球技用の道具の準備をする。
後者は、寂れている場所とは言え「球技を行う為の場所」はあった。
それこそモリヤマの仕事場である工房の近くにだ。

(帰りは御礼にアイツの仕事場寄って何か作ってやるか)

そう心の中で呟き、「仕事モード」へ気持ちを切り替えベッドへと急いだ。

******

街の東側にある中堅輸入雑貨会社の独り息子の誕生会出席者は100名程だった。
モリヤマが言っていた話とは少し違って、自分以外にも料理人が10人程いた。

(情報が違うじゃねぇか)

と頭が痛い状態だったが、気持ちを切り替えて仕事に向かう。

この街では、調理する食べ物で商売をする店は殆どない。
あるとすれば、宿泊施設・病院を含む医療関係の施設・学校位だ。
材料となる生鮮食品を扱う店は勿論あるが、そこで「調理されて提供される」と言う事はない。
料理人がその場所に自分の商売道具を持って行き、依頼された場所で作ってそれを依頼主達が食べる、と言ったものだ。

包丁と有る程度の料理の腕があり、役所に申請すればほぼ100%即日で認められるので、街の中で最も職業人口が多い。
なので、カサマツのライバルは山ほどいると言う訳だ。

当日その場で担当する料理と材料を渡されて調理を行う。
参加人数に面食ったが、さほど難しい料理ではなかった為、頼まれた時間内に素早く作り終える。
調理した者を並べているとカサマツを知る者が参加者におり、

「いやぁ、カサマツ君」
「どうもお久しぶりです」

と小太りの男に声を掛けられた。

「この前の夕食会の時はありがとう」
「いえ、お声をおかけいただき、ありがとうございました」
「妻が君の料理を気に入ってね。是非又お願いしたいと言っていたよ。で、あの時の料理はどうやって作るんだね。今度、レシピ本を書いて来てくれないかな」
「分かりました。書いて持って行きます」
「あぁ、勿論金は払うよ。君らの技術への報酬は必要だからね」
「…ありがとうございます」

深々とカサマツは頭を下げる。
小太りの男は満足気に大笑いをし、その場を去った。

カサマツら料理人の職業は、料理をするだけではない。
研究をする、そしてカサマツのように「自分の料理のレシピ」を他人に伝えると言う仕事でも報酬を得ている。
全てに値段の決まりがある訳ではなく、全て料理人の裁量によって値段が決められている。
カサマツの場合、紙代とインク代、製本の為に必要な材料費…と言った最低限しか受け取っていなかった。
この事を知っている、今日の仕事を振ったモリヤマやカサマツを幼い頃から知る人間は、「アイツらしいが、もっと商売っ気出せ」と頭を痛めている。
生活が困窮する理由は、彼の「真面目すぎる性格」のせいでもあると彼らは考えていた。

料理人達は、その場が終わる迄調理場で待機する事になる。
その間に片付けをする事が勿論その理由でもあるのだが、給金の支払いが仕事終了後即行われるからだ。
値段はそれぞれが申告しているが、主に味の部分での客の評判が悪ければその金額を減らされる事がある。
難癖を付けて減らされる何て事もカサマツは経験済みだから、満額貰えるなんて思ってもいない。
料理を並べていた時に声をかけて来た小太りの男も、三割程減らされた。

(まぁ、あの家は余った材料持って帰って良いって言ったから助かったけどな)

三割分の現物支給、と思えば良い。
現在生活に困窮しているとは言え、「打てない手はない」「ピンチは何とかなる」と大抵の事をそう考えているカサマツは意外とポジティブな思考回路の持ち主でもあった。

会が終わると、清掃関連の職人が部屋に入って仕事をし始めた。
料理人がするのは、料理以外だと使ったモノの片付け位で、食べ終えた皿等はこの清掃関連の職人が行う。
片付けが続けられている部屋に今日の料理人全員が呼び出された。
依頼人である会社の会長が偉そうに踏ん反り返り、あれこれ文句を付けながら本日の料理の総括を行っている。

(早く終われよ、馬鹿野郎)

壁にかかっている時計を見たら、かなり良い時間だと言う事をカサマツは確認している。
次の…「仕事」の約束までにこのままだと間に合わない。
終わらなければ給金は出ず生活には困る、だがもう一つの方に間に合わない方が現時点のカサマツからすれば大問題だ。

部屋の掃除が急ピッチで進められている為か、周囲が静かになり出した事に喋り倒していた会長が気付いた。
コホン、と自分なりの合図を入れて、料理人の名前を呼び給金の手渡しを始める。
一番最後に呼ばれたのはカサマツだった。

「ご苦労だったね、報酬だ」
「ありがとうございます」

頭を下げ、差し出された水色の封筒を受け取る。
そこには名前が乱雑な文字で書かれている。

「"家庭料理"な味付けに私は少々不満だったが、皆舌が高級品に慣れているからね。好評だったよ、庶民の味もたまには良いモノだな」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」

味についての嫌味の籠った感想にも動じる事無く、カサマツは目の前の人間に感謝の言葉を告げて一歩下がり又頭を下げた。
部屋を出ると即荷物置き場へ向かう。
出る際に見た時計からは、完璧に遅刻だと伝えられた。
1分でも1秒でも早く、と封筒の中身は一切確認せずに鞄に突っ込み、次の「仕事場」へ急いだ。


腕時計をチラチラ確認しながら、モリヤマは落ち着かない雰囲気でか並みの向こうを見ていた。

「モリヤマ本当に来るのか?」

半ば諦めた様な、もう信じられないと言った様な表情で問いかけ来る。
大丈夫大丈夫、とモリヤマは笑顔で返すが、皆溜息交じりだ。
その場には八人ほど人が集まっている。
全員男性だ。
モリヤマと同じ職人系も2名ほどいたが他は役所、教師と言った比較的裕福な職業に就いている者ばかりである。

既に約束の時間から40分以上経過していた。
モリヤマの熱心な誘いで集められた彼らは、これからやる事に別段強い興味がある訳ではない。
ただ、「懐かしいもの」と言う言葉が少し気になった人々だった。
お金に余裕ある者達は、「他人の知らない事」を知っていると言う事がステータスになる。
そこをくすぐったのだ。

(連絡取りたくても、アイツ携帯持ってねぇしっ!)

モリヤマの頭痛は酷くなる。
周囲を宥めながら早くカサマツが到着する事だけを、モリヤマは唯見えない「神様」とやらにお願いするしかなかった。
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