☆the point of view ...
「今日やたらとあいつが目に入るんだよなぁ」
ロッカールームで着替えながら森山がぽつりと呟く。
海常高校バスケ部は部員の多さから、着替えは部室ではなく運動部全体で利用するロッカールームで行っているのだ。
部室は、備品や荷物置き場、そして部員達が時々昼休み時に話し相手を求めて集まる場所になっていた。
「あれ?森山もか?実は俺もなんだよ。普段は見かけても”あぁまた女子に囲まれてるな”程度だったんだけどな」
「んー?小堀も?…てか、朝からあいつのそんな状況見るなんて、俺はげんなりし過ぎて今日一日が不幸の連続になる」
「それは失礼だろ、森山」
苦笑しながら小堀が森山の言葉を制する。
そんな風に二人が談笑していると、日誌を提出を終えた笠松が部室に戻ってきた。
「お疲れー」
「おう」
「ありがとうな、笠松」
「気にすんな、俺も監督と話あったしな」
どさっと鞄を床に置き、笠松は自分のロッカーに手を伸ばす。
そう言えばさ、と森山は先程まで小堀と話していた内容を笠松に伝え始めた。
一緒に盛り上がろうと考えての行動だった。
「…って訳でさ。何か今日は妙にあいつが目に入るんだよ、なぁ?小堀」
「そうなんだよ。何か調子狂うよな、妙に練習中も気になったし」
「……それ、あいつが今日誕生日だからじゃねぇの?」
さらりと驚く情報を、当たり前のように口にした笠松を、森山も小堀も目を丸くして見つめてしまう。
二人の視線に疑問符を浮かべながら笠松が眉根に皺を寄せていると、森山が突然彼の肩を勢い良く掴んだ。
「え!?何笠松、お前あいつの誕生日知ってんの!?何で!どうして!意味わからん!!」
驚きを一切隠さないその表情に溜息をつきながら笠松はやはり何が可笑しいのか、と言わんばかりの表情で答えた。
「はぁ?何言ってんだ森山。入部届にあったろ」
「い、いや、あったけどっ。けどさ!」
入部届は、三年全員が必ず全員分目を通すことになっている。
その紙には、氏名だけではなく学年・クラス・そして生年月日が書かれていた。
クラスと言う情報は、何かを伝える際にその人物が学校内のどこに属しているかを知っていれば、そこにいなくても伝言が出来る。
だから覚えておく必要はあるが、その人物の生年月日までは必要としないだろう。
今年三年である、森山も小堀ももちろん全員分目を通した。
だが頭に残っているのは、名前とクラスだけだ。
「お前!黄瀬の誕生日なんて何に使うんだよ!」
「何言ってんだお前?意味わかんねぇぞ」
森山の質問に更に疑問符を浮かべた笠松は怪訝そうな表情を浮かべる。
彼の表情に納得がいかないのは森山の方だった。
だから更に言葉を重ねてしまう、しかも同じ内容で。
「だ・か・ら。黄瀬の誕生日なんて覚えていて、お前に何か得はあるのかよ、って事だっ」
「得なんてある訳ねぇだろ」
あっさりバッサリと切り捨てる様に笠松は答えた。
まともな回答が来ると期待してはいなかったが、想定していたラインよりも下を行く内容だった為、森山はこれ以上突っ込む事が出来なくなってしまった。
戦意喪失で真っ白に燃え尽きた森山に小堀は小さくご愁傷様、と呟く。
きっと笠松がいなくなったら自分に対して愚痴に似た言葉を渡してくると分かっている小堀は、心の準備と財布の中身に入っている金額を考えていた。
「お疲(れ)様っす!」「お疲れ様です!」
部室のドアが開いたと同時に大きな声が部屋に響く。
三人はすぐ声の主が誰だか分かった。
部だけでなく、学校でコイツの声を知らない奴はいない…そんなレベルの男だ。
そして隣にいるのは「腐れ縁」で何時も振り回されているように見える同学年の男だ。
「お疲れ、早川に中村」
笠松の声掛けに二人は背筋を伸ばし上級生である三人へ頭を下げる。
「片付け終わったのか?」
「はい。後は一年にチェックさせて、二年の残りは着替えている最中です」
「そうか、んじゃ、俺らも早くここ閉めねぇとな」
「笠松先輩、部室の鍵は俺らが返します。備品の数数えないといけないので」
「おう、そうか。わりぃ、じゃよろしくな」
そう言った笠松は、机の上にある鍵を中村の掌に置く。
確かに受け取った事を中村は鍵を握り締め、笠松の眼を見て小さく頷く事で示した。
すると突然二人の間に割って入る人間がいた。
早川である。
「そう言えば、今日黄瀬の誕生日なんすね!」
「お、おう、そうだ。…てか森山ぁ、早川でも知ってるぞ?」
一歩引きながらも笠松は早川の言葉を受け止める。
そして、黄瀬の誕生日を知っている事は普通の事だと言わんばかりの態度で森山に現状を告げた。
「えー!?嘘だろ!?おい早川何で知ってんだよ!笠松と一緒に俺を馬鹿にするのかぁ!?」
「馬鹿にしてないだろ、森山。それは笠松に失礼だろ、謝れよ…今謝っておかねぇと後が怖いぞ…」
彼なりの「ふざけた表現」に対して笠松は理解できないだろうと分かっている小堀が、森山の退路をしっかり準備した。
こういう場所でもチームの連携は忘れない。
勿論、火の粉が自分に飛んでくることを理解しているからこその対応でもある。
「はぁ?何時俺がお前の事馬鹿にしたよ?」
「俺が自分のクラスだけでなく、三年女子全員と二年女子の三分の二、一年女子の三分の一が言えるこの俺が、黄瀬の誕生日を知らないとか!てか、こう言う情報には興味を示さない笠松が、黄瀬だけの誕生日には興味を示しているとか!一体なんて事だよ!全くっ!」
「おいおい森山、なんか途中からおかしなことを口にしてないか?落ち着けって」
「こーぼーりぃー!何でお前は冷静でいられるんだよ!女子の前では身動き取れなくなるほどがっちがちになる笠松が、あの不遜な態度の黄瀬の誕生日を知ってるんだぞ!?コイツが事件でなくて何が事件って言うんだよ!」
「森山先輩、随分追いつめられているんですね。ご愁傷様です」
「はぁ?!中村、今お前なんつったー!俺は正論を口にしてるだけだぞー!」
「中村もそこで楽しむな。先輩を出口のない迷路に叩き込んでどうする…」
部室は人数が増えたから賑やかになったと言えば聞こえは良いが、その話の中心になっている人物の影は一切ない。
だが確実に黄瀬は「話題の中心」にいる。
これは何時もの事だった。
学校や部活の時間だけではなく、試合会場には何とかして黄瀬のプレイしている姿を見ようと他校の女子生徒も見に来ていたりする。
控えのロッカールームに入る手前の通路でサイン攻めにあったり、プレゼントを貰ったり、写真を撮らせて欲しいとねだられたり。
それをここにいる全員と海常バスケ部員たちは溜息をつきながら横切るのが、変わらない儀式のような光景になっている。
黄瀬ファンからすれば、試合そっちのけ。
とにかく黄瀬が動くのが、目の前にいるのが嬉しいと感情を爆発させ、予選で利用している体育館は黄色い歓声が響く事も多かった。
バスケ部員全員と監督は既に一言は相手チームから「嫌味」を渡されている。
怒っても仕方がないので無視をする事と主将である笠松からの命令で、皆それに従っている。
だが主将からの命令だから、と言うだけが理由ではなかった。
試合中の黄瀬はその才能を遺憾なく発揮している。
練習も真面目に出るようになり、チームに溶け込んでいるのをここにいる全員そして海常バスケ部員達は分かっていた。
「天才」と呼ばれていた中学生が高校生になり一年目。
その天才ぶりを発揮している夏の予選。
頼もしい存在である事を認識している。
ならばそんな彼を認め、支えて行くのが部員達全員がする事なのだと、皆それぞれが理解していた。
だが、流石に「誕生日を知っている者」は絶対少ないと森山は考えていた。
学校の試験結果によって「試合への出場が危ぶまれる可能性」を一番発揮してしまう、あの早川が知っていた、と言う事が森山にとっての衝撃だった。
黄瀬の誕生日を知っていた笠松に、腹立たしさを覚えた訳ではないのである。
ただ小堀の口にした表現をそのまま使えば「迷路に迷い込んだ」状態なのだ。
制服の襟をつかんで早川に涙声で質問を森山は投げ掛けた。
「はーやーかーわー!お前なんで知ってんだよ!」
「はいっ!さっき部室の前で聞いてた(ら)、主将が言ってたので!」
びりびりと部室の空気を早川のデカい声が振動させる。
狭い部屋で聞くにはつらい音量だった為、声の主以外は耳鳴りがしていた。
内容は何となく頭に入ったが、理解は出来ていない。
「えっと…早川」
「はい!なんすか主将!!」
「今なんて言ったんだ?どうして黄瀬の誕生日を知っているのかって言う答え…」
「え?だって、主将が言ってたじゃないすか!!」
早川以外全員が凍りつく。
隣にいただろう中村は三年三人よりも胃が痛んだ。
先程聞いた答えを一つ一つ結びつけて答えを導き出した小堀は、ゆっくりと尋ねる事にした。
「つまり、お前は…部室のドアの前で俺達の会話を聞いてた、って事…だな?」
「はい!」
元気よく返事をする彼の姿に全員が呆れてしまった。
つまり先程の笠松らの会話中、早川は部室のドアの前にいて、入るタイミングをうかがっていた訳だ。
しかも、普通にしゃべっていた声が聞こえたと言う事は、防音設備のない部室である事を差し引いても、相当彼の耳が良い事を証明している。
部室の空気は一瞬にして冷えてしまう。
そんな中、唖然とした表情で森山が口を開いた。
「地獄耳だな、あいつは…」
「そうですね。早川の前では隠し事なかなか出来ませんから。話す内容、注意した方がいいですよ、森山先輩」
「俺もそうすることにするよ、中村…」
同じ学年で苦労しているだろう中村のアドバイスを森山と小堀は今後の自分達の身の安全の為に、頭と心に焼き付けた。
早川は三人の表情を見て、不思議そうな顔をし、即中村に「一体何がどうしたんだ!?」と大声で尋ね始めた。
そのまま四人はワァワァと言い合いを開始してしまう。
「たく…」
笠松はを彼らを双眸に写しながら軽く溜息をついてしまう、又始まったと。
そして感慨にふける。
あの四月の入部時からは想像も出来なかった、したいとは思ったがこんなに早くなるとは思わなかった状況に今なっていると。
黄瀬は海常バスケ部にしっかり溶け込んだ、と。
(歳重ねた分、しっかり成長しろよ。おちゃらけてる場合じゃねぇぞ…黄瀬)
心の中で呟くと、笠松の脳裏には練習時の黄瀬の姿が脳裏に浮かんだ。
差し込んだ夕日に照らされ金色に輝く細い光の線が、自分と他の部員達も繋ぎ。
最後の夏への切符を手にする為の、中心的な存在になる。
(あいつを活かす為の俺らじゃねぇとな)
笠松の両方の拳にぐっと力が入る。
まだ梅雨の時期は終わっていない。
だがもうすぐ夏が来る。
笠松ら三年にとっては最後且つリベンジを誓う夏。
早川ら二年にとっては自分達の一年分の成長と昨年以上の成績を残すための夏。
そして黄瀬ら一年にとっては、新しい世界での、今年と言うたった一度きり、最初で最後の夏が、やってくる。
-------
ひとつ前の話の最後の部分。
一万時の壁に阻まれたため、分割。
「今日やたらとあいつが目に入るんだよなぁ」
ロッカールームで着替えながら森山がぽつりと呟く。
海常高校バスケ部は部員の多さから、着替えは部室ではなく運動部全体で利用するロッカールームで行っているのだ。
部室は、備品や荷物置き場、そして部員達が時々昼休み時に話し相手を求めて集まる場所になっていた。
「あれ?森山もか?実は俺もなんだよ。普段は見かけても”あぁまた女子に囲まれてるな”程度だったんだけどな」
「んー?小堀も?…てか、朝からあいつのそんな状況見るなんて、俺はげんなりし過ぎて今日一日が不幸の連続になる」
「それは失礼だろ、森山」
苦笑しながら小堀が森山の言葉を制する。
そんな風に二人が談笑していると、日誌を提出を終えた笠松が部室に戻ってきた。
「お疲れー」
「おう」
「ありがとうな、笠松」
「気にすんな、俺も監督と話あったしな」
どさっと鞄を床に置き、笠松は自分のロッカーに手を伸ばす。
そう言えばさ、と森山は先程まで小堀と話していた内容を笠松に伝え始めた。
一緒に盛り上がろうと考えての行動だった。
「…って訳でさ。何か今日は妙にあいつが目に入るんだよ、なぁ?小堀」
「そうなんだよ。何か調子狂うよな、妙に練習中も気になったし」
「……それ、あいつが今日誕生日だからじゃねぇの?」
さらりと驚く情報を、当たり前のように口にした笠松を、森山も小堀も目を丸くして見つめてしまう。
二人の視線に疑問符を浮かべながら笠松が眉根に皺を寄せていると、森山が突然彼の肩を勢い良く掴んだ。
「え!?何笠松、お前あいつの誕生日知ってんの!?何で!どうして!意味わからん!!」
驚きを一切隠さないその表情に溜息をつきながら笠松はやはり何が可笑しいのか、と言わんばかりの表情で答えた。
「はぁ?何言ってんだ森山。入部届にあったろ」
「い、いや、あったけどっ。けどさ!」
入部届は、三年全員が必ず全員分目を通すことになっている。
その紙には、氏名だけではなく学年・クラス・そして生年月日が書かれていた。
クラスと言う情報は、何かを伝える際にその人物が学校内のどこに属しているかを知っていれば、そこにいなくても伝言が出来る。
だから覚えておく必要はあるが、その人物の生年月日までは必要としないだろう。
今年三年である、森山も小堀ももちろん全員分目を通した。
だが頭に残っているのは、名前とクラスだけだ。
「お前!黄瀬の誕生日なんて何に使うんだよ!」
「何言ってんだお前?意味わかんねぇぞ」
森山の質問に更に疑問符を浮かべた笠松は怪訝そうな表情を浮かべる。
彼の表情に納得がいかないのは森山の方だった。
だから更に言葉を重ねてしまう、しかも同じ内容で。
「だ・か・ら。黄瀬の誕生日なんて覚えていて、お前に何か得はあるのかよ、って事だっ」
「得なんてある訳ねぇだろ」
あっさりバッサリと切り捨てる様に笠松は答えた。
まともな回答が来ると期待してはいなかったが、想定していたラインよりも下を行く内容だった為、森山はこれ以上突っ込む事が出来なくなってしまった。
戦意喪失で真っ白に燃え尽きた森山に小堀は小さくご愁傷様、と呟く。
きっと笠松がいなくなったら自分に対して愚痴に似た言葉を渡してくると分かっている小堀は、心の準備と財布の中身に入っている金額を考えていた。
「お疲(れ)様っす!」「お疲れ様です!」
部室のドアが開いたと同時に大きな声が部屋に響く。
三人はすぐ声の主が誰だか分かった。
部だけでなく、学校でコイツの声を知らない奴はいない…そんなレベルの男だ。
そして隣にいるのは「腐れ縁」で何時も振り回されているように見える同学年の男だ。
「お疲れ、早川に中村」
笠松の声掛けに二人は背筋を伸ばし上級生である三人へ頭を下げる。
「片付け終わったのか?」
「はい。後は一年にチェックさせて、二年の残りは着替えている最中です」
「そうか、んじゃ、俺らも早くここ閉めねぇとな」
「笠松先輩、部室の鍵は俺らが返します。備品の数数えないといけないので」
「おう、そうか。わりぃ、じゃよろしくな」
そう言った笠松は、机の上にある鍵を中村の掌に置く。
確かに受け取った事を中村は鍵を握り締め、笠松の眼を見て小さく頷く事で示した。
すると突然二人の間に割って入る人間がいた。
早川である。
「そう言えば、今日黄瀬の誕生日なんすね!」
「お、おう、そうだ。…てか森山ぁ、早川でも知ってるぞ?」
一歩引きながらも笠松は早川の言葉を受け止める。
そして、黄瀬の誕生日を知っている事は普通の事だと言わんばかりの態度で森山に現状を告げた。
「えー!?嘘だろ!?おい早川何で知ってんだよ!笠松と一緒に俺を馬鹿にするのかぁ!?」
「馬鹿にしてないだろ、森山。それは笠松に失礼だろ、謝れよ…今謝っておかねぇと後が怖いぞ…」
彼なりの「ふざけた表現」に対して笠松は理解できないだろうと分かっている小堀が、森山の退路をしっかり準備した。
こういう場所でもチームの連携は忘れない。
勿論、火の粉が自分に飛んでくることを理解しているからこその対応でもある。
「はぁ?何時俺がお前の事馬鹿にしたよ?」
「俺が自分のクラスだけでなく、三年女子全員と二年女子の三分の二、一年女子の三分の一が言えるこの俺が、黄瀬の誕生日を知らないとか!てか、こう言う情報には興味を示さない笠松が、黄瀬だけの誕生日には興味を示しているとか!一体なんて事だよ!全くっ!」
「おいおい森山、なんか途中からおかしなことを口にしてないか?落ち着けって」
「こーぼーりぃー!何でお前は冷静でいられるんだよ!女子の前では身動き取れなくなるほどがっちがちになる笠松が、あの不遜な態度の黄瀬の誕生日を知ってるんだぞ!?コイツが事件でなくて何が事件って言うんだよ!」
「森山先輩、随分追いつめられているんですね。ご愁傷様です」
「はぁ?!中村、今お前なんつったー!俺は正論を口にしてるだけだぞー!」
「中村もそこで楽しむな。先輩を出口のない迷路に叩き込んでどうする…」
部室は人数が増えたから賑やかになったと言えば聞こえは良いが、その話の中心になっている人物の影は一切ない。
だが確実に黄瀬は「話題の中心」にいる。
これは何時もの事だった。
学校や部活の時間だけではなく、試合会場には何とかして黄瀬のプレイしている姿を見ようと他校の女子生徒も見に来ていたりする。
控えのロッカールームに入る手前の通路でサイン攻めにあったり、プレゼントを貰ったり、写真を撮らせて欲しいとねだられたり。
それをここにいる全員と海常バスケ部員たちは溜息をつきながら横切るのが、変わらない儀式のような光景になっている。
黄瀬ファンからすれば、試合そっちのけ。
とにかく黄瀬が動くのが、目の前にいるのが嬉しいと感情を爆発させ、予選で利用している体育館は黄色い歓声が響く事も多かった。
バスケ部員全員と監督は既に一言は相手チームから「嫌味」を渡されている。
怒っても仕方がないので無視をする事と主将である笠松からの命令で、皆それに従っている。
だが主将からの命令だから、と言うだけが理由ではなかった。
試合中の黄瀬はその才能を遺憾なく発揮している。
練習も真面目に出るようになり、チームに溶け込んでいるのをここにいる全員そして海常バスケ部員達は分かっていた。
「天才」と呼ばれていた中学生が高校生になり一年目。
その天才ぶりを発揮している夏の予選。
頼もしい存在である事を認識している。
ならばそんな彼を認め、支えて行くのが部員達全員がする事なのだと、皆それぞれが理解していた。
だが、流石に「誕生日を知っている者」は絶対少ないと森山は考えていた。
学校の試験結果によって「試合への出場が危ぶまれる可能性」を一番発揮してしまう、あの早川が知っていた、と言う事が森山にとっての衝撃だった。
黄瀬の誕生日を知っていた笠松に、腹立たしさを覚えた訳ではないのである。
ただ小堀の口にした表現をそのまま使えば「迷路に迷い込んだ」状態なのだ。
制服の襟をつかんで早川に涙声で質問を森山は投げ掛けた。
「はーやーかーわー!お前なんで知ってんだよ!」
「はいっ!さっき部室の前で聞いてた(ら)、主将が言ってたので!」
びりびりと部室の空気を早川のデカい声が振動させる。
狭い部屋で聞くにはつらい音量だった為、声の主以外は耳鳴りがしていた。
内容は何となく頭に入ったが、理解は出来ていない。
「えっと…早川」
「はい!なんすか主将!!」
「今なんて言ったんだ?どうして黄瀬の誕生日を知っているのかって言う答え…」
「え?だって、主将が言ってたじゃないすか!!」
早川以外全員が凍りつく。
隣にいただろう中村は三年三人よりも胃が痛んだ。
先程聞いた答えを一つ一つ結びつけて答えを導き出した小堀は、ゆっくりと尋ねる事にした。
「つまり、お前は…部室のドアの前で俺達の会話を聞いてた、って事…だな?」
「はい!」
元気よく返事をする彼の姿に全員が呆れてしまった。
つまり先程の笠松らの会話中、早川は部室のドアの前にいて、入るタイミングをうかがっていた訳だ。
しかも、普通にしゃべっていた声が聞こえたと言う事は、防音設備のない部室である事を差し引いても、相当彼の耳が良い事を証明している。
部室の空気は一瞬にして冷えてしまう。
そんな中、唖然とした表情で森山が口を開いた。
「地獄耳だな、あいつは…」
「そうですね。早川の前では隠し事なかなか出来ませんから。話す内容、注意した方がいいですよ、森山先輩」
「俺もそうすることにするよ、中村…」
同じ学年で苦労しているだろう中村のアドバイスを森山と小堀は今後の自分達の身の安全の為に、頭と心に焼き付けた。
早川は三人の表情を見て、不思議そうな顔をし、即中村に「一体何がどうしたんだ!?」と大声で尋ね始めた。
そのまま四人はワァワァと言い合いを開始してしまう。
「たく…」
笠松はを彼らを双眸に写しながら軽く溜息をついてしまう、又始まったと。
そして感慨にふける。
あの四月の入部時からは想像も出来なかった、したいとは思ったがこんなに早くなるとは思わなかった状況に今なっていると。
黄瀬は海常バスケ部にしっかり溶け込んだ、と。
(歳重ねた分、しっかり成長しろよ。おちゃらけてる場合じゃねぇぞ…黄瀬)
心の中で呟くと、笠松の脳裏には練習時の黄瀬の姿が脳裏に浮かんだ。
差し込んだ夕日に照らされ金色に輝く細い光の線が、自分と他の部員達も繋ぎ。
最後の夏への切符を手にする為の、中心的な存在になる。
(あいつを活かす為の俺らじゃねぇとな)
笠松の両方の拳にぐっと力が入る。
まだ梅雨の時期は終わっていない。
だがもうすぐ夏が来る。
笠松ら三年にとっては最後且つリベンジを誓う夏。
早川ら二年にとっては自分達の一年分の成長と昨年以上の成績を残すための夏。
そして黄瀬ら一年にとっては、新しい世界での、今年と言うたった一度きり、最初で最後の夏が、やってくる。
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ひとつ前の話の最後の部分。
一万時の壁に阻まれたため、分割。
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