*部分的に不味そうな所は伏字にしています(人物名とか)。

「ただいま~、っと」

玄関の電気のスイッチを入れる。
少し埃っぽい。
靴を抜いでいそいそと窓へ近づき、開けた。
部屋に、冷たい空気が入り込んでくる。

「うぅ、さむっ」

窓から離れて、俺は帰りに購入してきたコンビニ弁当を食事用の机に置いた。
ここで食事をしたのは何時だっけ?と
冷蔵庫に近づいて開けてみると、電気が入っていない事が分かった。

「あーそう言えば…」

久々に今日は早めに部屋に戻れたんだった。
全く戻っていない訳じゃないが、今月は地方ロケも多くてマネージャーと一緒にビジネスホテルが多かった。
電気代ももったいないし、と抜いたんだっけ、かと。

溜め息を大仰について、ソファに腰を下ろす。
やっぱり少し埃っぽい。
寒いけれど、未だ窓は閉められない、そう思った。

雑巾を絞って、先程座ったソファを軽く拭く。
ついでに、机と床も。
本当は別々ので拭いた方が衛生的だけど、手間がかかると思ってそのまま続行した。
再びソファに座る。
軽く息が漏れた。
天井を見上げながらぼんやり考える。

独り暮らしは正解だと思った。
深夜に帰るそして軽く準備して直ぐ現場、そんな流れは一緒に住んでる家族に負担がかかる。
空いた時間でちょこちょこ会って食事をして近況を話せば安心する。
最近はテレビに出る回数も増えたし、それで生存確認が確認出来ている。

「俺、一応モデル…なんスけど」

テレビへの露出が増えたきっかけは、若手イケメンの運動能力のを見る…みたいな企画だった。
普通に調べてれば俺の経歴分かるでしょ?って感じだったが、現場が全く知らない状態でかなり驚いたのを覚えている。
そんな事も調べないのか?とも思ったし、調べる暇もなかったのか?とも思った。

事務所からは、「本気で行け」と言われたけれど、本気なんて出したら皆やる気なくしちゃうし、視聴者ドン引きだし。
その時、*峰っちの事が過ったのは言うまでもなく。
張り合う相手がいない、って言う事の虚しさの大きさは計り知れない。
企画を説明して貰ってやる事を確認した時、俺から一つ事務所にお願いしたのは、

「バスケだけは勘弁して下さい、フリースローも含めて」

だった。
バスケは…あの人を思い出すから、今はやりたくない。
学生時代は部に所属していたから頻繁にやっていたけれど、学生ってカテゴリを卒業するとやる時間は、ぐんと減った。
今は時間がある時に人気の少ないストバスのコートでやるけれど、大抵独りきり。
その時もチラチラと過去が浮かんで息苦しくなる。

それに、バスケはどうしても「本気」になる。
冗談半分でやりたいとは思わない。
海外のリーグに出ていた選手とか、そんな人とだったらやり合っても良い。
それはそれで楽しそうだ。
ただ、今は試合感が薄くなっているから…身体は上手く反応してくれないかもしれない、と考えている。

自分は何でも出来るって、大人になったら思えなくなった。

「子供だったあの時も、出来てなかったし」

俺はポツリ呟くと同時に、胸が少しズキリと痛んだ。
その痛みはお腹が空いているからだと言い聞かせて、弁当の入った袋を取りに行く。
ソファでテレビを見ながら食べる為だ。
行儀は悪いけれど、食事を取る場所で取りたい気分じゃない。

その時、机の近く紙袋が目に入った。
別れる際にマネージャーから渡された、部屋に届いていた郵便物の山だ。
部屋を長期空ける時は溢れてしまう可能性があるからと、事務所の事務方の若い子が態々郵便物を回収してくれる。

ま、それは体の良い理由。
多分俺の周囲に、事務所の思う「変な虫」が居ないかの確認なのだろう。
最近は、事務所が把握していない人間関係や恋愛関係がばれて仕事が減った所属タレントもいた。
だから余計に自己申告だけでは満足行かないのだろう。
特に、数日前に来た企画を成功させたいと思っている事務所は俺の身辺についてはかなり神経質になっている筈だ。

「そんな虫、いないっスよ」

俺は郵便物を確認しながら吐き捨てる。

作る暇はない。
スケジュールは結構びっしり埋まっている。
空いた時間は兎に角ゆっくり休みたいし、のんびり過ごしたい。

作る気も…ない。
出来るとは、俺自身思えなかった。

忘れられない人がいる。
皆に馬鹿にされると分かっていても、俺にとっては、臭い言葉で言えば青春の一ページで。
本当はそのページの先を描きたかった。
頭の片隅にある記憶が、ちりりとまた強く焼き付いて、目を閉じても瞼の裏に映像を見せる。

頭を左右に振ってその映像を飛ばす。
その映像は、俺から睡眠を奪っていくと言う事を自覚しているからだ。
明日は午後から撮影だった。
早く休んで体調を整えないといけない。

郵便物を仕分けていた時、目に飛び込んでくる、懐かしい見た事のある名前。
---*常高校バスケットボール部OB会 イベント連絡係・森**孝

「先輩」

俺はその封を慌てながら乱雑に切った。
同封されていたのはA4の紙が2枚、出欠確認を送付する返信用の封筒。
A4の紙の内容は、毎年あるOB会に関するものだった。
1枚目は堅苦しい挨拶、2枚目はどうやらイベントの内容と出欠の返信欄がある。

「今年から先輩が連絡係になったんスか」

読みながらつい苦笑してしまう。
あの人だったらこう言うみんなでワイワイ騒ぐ事好きそうだし、面倒見もよさそうだ。
柔軟に対応するだろうから、衝突も少ないだろう、適材適所だと思った。

2枚目の紙に最後まで目を落とすとそこには直筆でこう書かれていた。

※ *瀬へ。忙しいと思うが、今年位は出ろよ?今年は俺が連絡係になって最初の年なんだ。ちったー先輩の顔を立てろ。
 締め切りまでに返信できない時は、前教えた電話番号に直接連絡くれ。あ、勿論、この会の返信じゃなくても良いぞ。
  お前のセッティングした合コンの連絡でもOKだ!

「先輩らしいや」

ははっ、と笑いが口から洩れた。
自分好みの可愛い子を見つけた時のドヤ顔が浮かぶ。
卒業してかなり経過してるのに文章を見ても森山先輩は変わっていない、と思った。
それが何かちょっと嬉しかった。

過去を思い出すのは、あの映像とダブる事もあるから苦手になってきているのだが。
こう言う楽しいものは、溜まりに溜まった疲労感を吹き飛ばしてくれる。

締め切りにはまだ時間はあるけれど、何となく声を聞いて「変わっていない」と言う事を確認したい気分になった。
「本当にこの電話が使えるのかどうかの確認」って言えば、向こうも嫌な顔はしないだろう。
取りあえず、同じ電話会社なので電話番号で送信できるメールを送る。
仕事中だったら不味いと思ったので、その処置だ。

----*山先輩、お久しぶりです。OB会の連絡ありがとうございました。この電話番号であってるっスよね?今電話、大丈夫スか?

よしっ、と俺は自分で納得してソファに弁当を持って行こうとすると、行き成り携帯が鳴った。
液晶で確認すると、「海常・森山先輩」と出た。

「あ、はい」
「おぉ、久しぶり!メールありがとな」
「お久しぶりっス、今大丈夫なんスか?」
「大丈夫じゃなきゃかけねーよ」
「それもそうっスね」

背後から聞えるのは大勢の声。
注文らしき声も飛び交っているみたいだから、多分飲み屋にいるのだろう。
早めに終わらせないといけないと思った。

「OB会の届いたのか?」
「はい、チェック遅れてすんません」
「気にすんな。最近はテレビの仕事も増えてんだろ?忙しい事はいいことだよ。後輩が有名になって俺も鼻が高い」
「モデルさんは紹介しないっスよ」
「お前行き成りそれか!アイドルでもいいぞ!」
「だーかーらー、駄目ですって」
「何だよーケチだなぁお前ー」
「最近、そう言うのに厳しいんスよ、うちの事務所。先輩位芸能界の情報を週刊誌とかで見れば分かるでしょ?」
「そう言えば、お前の事務所の、あの足の長いモデルの熱愛発覚したな、吃驚したわー」

案の定、知っていた。
先輩は、今でも俺の活動を自主的に雑誌やテレビをチェックしてる。
それは俺の事が好き、ではなくこう言う風に「華やかな世界」が好きなんだと思う。

「お陰で一々オフの日は何をしてるだ何だ言わなきゃいけなくなったんスから」
「そうかぁ、面倒だなぁ。結婚もしてないのに鬼嫁に見張られているみたいだな」

電話の向こうから背後の声と重なった先輩の笑い声が聞こえる。
楽しそうだ。
大学時代、自分もこんな感じな場所に部活の帰りや授業の帰りに寄ったっけなぁ…と思い出す。

「で、今回はどうだ?」

先輩が本題に入ってきた。

「今年は俺が連絡係になって一年目なんだよ。ちったー俺の顔も立ててくれ」
「そうっすねぇ~」

ちょっと意地悪な声を出して森山先輩を慌てさせる。

「いやさ、お前がテレビに出るようになったらOBの上の人達がさ、目の色変えてさぁ。”黄瀬君は来ないのかね?”みたいな事言い出してさぁ」
「何スかそれ」
「多分、家族に言われたんじゃねーの。娘さんとか。”サインが欲しい!”とか」
「家族サービスの出汁に使われるのまっぴらスよ」
「こっちもなるべくお前が大変にならないように気を配るからさ」
「うーんそうっスねぇ」

俺は考える振りをする。
先輩にはお世話になったし、スケジュールも丁度空いている。
企画が通ったら、海外と日本を行ったり来たりしなければいけない。
多分こう言う風にOB会何てものに出席出来る率は減るだろう。
だったら、出来る内にやっておいた方が良い。

テレビの企画は、朝の情報番組の10分位のミニコーナーで、色々な国の文化に触れる、と言ったものだ。
今までは女性が担当していたが、今回からは男版も作るらしい。
事務所がオーディションに応募し、一週間前に最終選考まで名前が残っていると言う事を告げられた。
一昨日その面接があった。
海外の文化は結構興味がある。
ファッションとか、後は…スポーツ。
日本よりも力を入れてるだろうスポーツには一寸興味がある、身体を動かすのは今でも好きだから。
勿論オフレコなので、こんな事を森山先輩には言わない。

「お前が忙しいのは重々分かってる!」

必死に頭を下げている姿が見えた。
これ以上は可哀相過ぎると思い俺は返事をする。

「いいっスよ」

肯定的な回答を聞いて、表情が明るくなったのが見えた。

「マジか!ホントだな!撤回しないな!嘘つくなよ!」
「マジだし、ホントだし、撤回しないし、嘘もつかないっスよ。その日は丁度オフです」

俺のその言葉を聞いてますます森山先輩のテンションが上がる。
こちらもなんだか楽しくなってきた。

「よーし!ありがとな!今度奢る!」
「はいはいありがとうございますー」
「あ、一応返信用紙は郵送してくれ。当日の出席簿作るのは別の人だから」
「了解っス」

明るい声を聞くと、気持も明るくなるのは何故だろう。
とても不思議だと思う。

「よし!この事、早めに皆に連絡しないとな!」

上がりっぱなしの高いテンションで先輩が言う。
誰にだろうと思い質問した。

「誰にって。お前が居た時のチームのメンバーにだよ」

メンバーに。
その言葉が胸を強く打ちつけた。
心臓が痛くなる。
耳の奥に先輩の声が響いているが、内容までは聞えて来なかった。

何時の間にか電話は切れて、プープープー、という電子音が響いている。

「メンバー…に」

その中には…確実にあの人がいる。
思えばそうだ。
OB会に出ると言う事は、あの人と逢う確率が格段に上がると言う事だ。
迂闊と言えば迂闊だ。

身体全部をソファに投げだす。
力が、入らない。

携帯の電話帳を開く。
そこには、消したくても消せないあの人の名前があった。
何度も消そうとした、でも出来なかった。
連絡をしないならば出来ないならば持っていても仕方がない。
言い聞かせて削除迄至るが、確認のメッセージウィンドウで、「はい」が選べなかった。

「…ホント、女々しいっスね、俺…」

映像が又浮かんでくる。
今夜は多分、消えてくれない気がする。
明日の仕事がどうなるかなんて分からない。
メイクさんに肌が荒れたと怒られればいい。

直接会う前に、あの人の姿、声に慣れておかなければいけない。
苦しくても、今だけだ…そう自身に言い聞かせる。

「早く明日になぁれ」

例えその日に近づくとしても、独りきりの夜にあの人の姿が見える事が一番辛い。
月は何時も心を乱す。
太陽の光で、映像も、俺自身も焼きつくして欲しい…。

そう思いながら、俺は明日からのスケジュールを力なく復唱して、今度あるドラマでの台詞を呟き続けた。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。