外に出ると、吐く息は白かった。
陽が落ちるのは本当に早い。
橙色の空にはあっという間に、夜の帳が下りる。

外気がコートの隙間から入ってきて、体が少しぶるっ、と震えた。
急ぎ足で帰路に着く。
駅まで少しある。
見上げた空には星達が雲から少し遠慮がちにチラチラ見える。
周囲も随分と足早に街を通り過ぎていく。

ポケットに入れていた携帯が振動した。
確認すると、今週あるバスケ部のOB会についての森山からの連絡だった。
高校、大学時代のバスケ部の人間とは、結構連絡を取り合っている。
アイツ、以外の人間の話だ。

卒業時、アイツから連絡先は受け取っていた。
だが、携帯にはアイツのアドレスは一欠けらもない。
全く連絡をしないから…かなり前に消した、…体のいいの言い訳だ。

近づくことが怖かった。
この心にあるものが、それと知った時。
口にするのをためらった。

目に見えていたその距離を、保ちたかったのかもしれない。
忘れたくて忘れたわけじゃない。
忘れなくちゃこの先、歩いていけない気がした。
アイツが俺に見せていた飾らない表情や感情を奪うかもしれない、そう思った。

俺の中の仮定は、一日一日と積もり積もって、心に鍵を掛けていった。
見ている世界が違うのだと言い聞かせる。
その暗示は、丁寧に慎重に掛けられていって、「俺の気の迷い」で片付けられるようになった。

アイツはそのままであって欲しい。
遠い遠い空に瞬く宝石のような、存在。
時々目に飛び込んでくる雑誌やテレビでのアイツは、眩しい。
あの時と変わらない、耀きだ。

ふと、冷たさを感じる。
頬に当たったものが、水になる。
雪だ、と気が付いた。
通りで、芯まで冷えるわけだ。

アイツも、この空を見上げているんだろうか。
どこまでも続く空は、無慈悲に俺とアイツをつなぎとめている。
それが、無性に嬉しく又悲しく思えた。
どこまでも嘘が降り続け、足がその場から動かせない。
アイツへの思いが「本当だった」事を、俺に夢の中で何度も何度も自覚させる。

(この雪でアイツの名前が俺の中から綺麗に消えれば、俺は…)

俺は、その知らない人間へあの時芽生えて閉じ込めた気持ちを告げられたのかもしれない。

静かに落ちる白の量が増えてきた。
この雪で、ゆっくり開いてしまった気持ちの箱はもっと深く深く埋まって欲しいと願った。
先ほどのメールの追伸がそう強く思わせている。

---今度は**の参加も取り付けてる。

ぐっと握りこぶしを作る。
冷え切った指が手のひらにぎりぎりと食い込んでいく。
痛みが少しずつ広がっていく。

(この痛みが早く体に回れ、頭に回れ)

今も、そして未来の時間も何事も無かったように過ぎて欲しい。
あの日も、今も。
決して告げられない想いの処理に、俺はその場限りの対応しか出来ていなかった。
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